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盛岡地方裁判所 昭和62年(ワ)213号 判決 1989年5月18日

原告

佐々木キミエ

塩見範子

佐々木正文

佐々木公治

右原告ら訴訟代理人弁護士

及川卓美

被告

都南村

右代表者村長

藤村正雄

右訴訟代理人弁護士

野村弘

右指定代理人

川原研一

外五名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告佐々木キミエに対し金一〇九九万五〇〇〇円、同佐々木正文に対し金六〇九万八〇〇〇円、同塩見範子及び同佐々木公治に対しそれぞれ金五三九万八〇〇〇円及び右各金員に対する昭和六一年一二月六日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡佐々木政雄(以下「亡政雄」という。)は、昭和六一年一二月六日午後六時五〇分頃、岩手県紫波郡都南村大字乙部第五地割一四五番地の三先付近村道(以下「本件道路」という。)を、原動機付自転車を運転して、東方より西方に走行中、同所付近の本件道路に設置されている橋(以下「本件橋」という。)から用水路に自車もろとも転落し、そのために頸椎損傷によって死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  被告の責任

(一) 本件道路及び本件橋の設置及び管理は、被告が行っている。

(二) 本件道路は、国道三九六号線から西方へ分かれる舗装された村道であり、本件橋はコンクリート製で、幅約三、四メートルの用水路に掛かっている。右国道から本件橋までは、約一五〇メートルあり、この間の本件道路の幅員は、約五、六メートルあるが、本件橋の幅員は、四メートルと急に狭まり、かつ、西方に向かって右側部分に片寄っている。本件道路には、街路灯も、幅員減少の表示やガードレールも設置されていない。また、橋には欄干も設置されていない。

(三) したがって、国道三九六号線から本件道路に入り、道路左側をそのまま進めば、用水路にそのまま飛び込む危険のある状況にあり、本件道路は、このような状況下において発生した。

(四) 本件事故は前項記載のような本件道路及び橋についてそれらが通常備えるべき安全性を欠いていた瑕疵に起因するものであるから、被告は、国家賠償法二条一項により原告が本件事故によって被った後記損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 亡政雄の逸失利益 金一四二九万円

亡政雄は、大正一四年一一月三日生まれの健康な男子であり、平均給与月額金二七万八一〇〇円に三五パーセントの生活費控除を行った上、就労可能年数八年の新ホフマン係数(6.589)を乗じて算出した逸失利益は金一四二九万円(一万円未満の端数は切捨て)となる。

(二) 亡政雄の慰謝料 金二五〇万円

(三) 葬儀費用 金七〇万円(原告正文が支出)

(四) 原告らの慰謝料 金八〇〇万円(各自金二〇〇万円)

(五) 原告佐々木キミエは亡政雄の妻、同塩見範子、同佐々木正文及び同佐々木公治は、いずれも亡政雄の子であった。

(六) 弁護士費用 金二四〇万円(各自金六〇万円)

原告らは、本件訴訟追行のため、本件弁護士費用として請求額の約一割相当額の支払を約した。

4  よって、原告らは被告に対し、請求の趣旨記載の金員(遅延損害金は民法所定年五分の割合による遅延損害金)の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1並びに同2(一)及び(二)は、認める。

2  同2(三)及び(四)は、争う。

本件事故発生につき被告に国家賠償法二条一項の責任はない。すなわち、

亡政雄の進行方向沼橋の手前は、開発行為のため拡幅された部分があるが、橋の位置は変わっておらず、このため当該道路の拡幅された部分は現況ではある程度の土砂等が堆積されており、特に二輪車が同所を通行する際は、ハンドル等で右状況を感じとれる状況にあり、また、橋に向う道路の進行方向左側には電柱線が連続しているとともに路肩には草むら、橋には地覆があり、標識等がなくとも目視により前方の幅員減少の状況についての確認は十分可能である。

また、亡政雄は、本件橋のほぼ中間地点から落下しているので、橋手前道路上のガードレールが無かったことと本件事故の発生とは無関係であるし、本件橋を通行するのは本件村道を通り慣れているものが殆んどであり、その交通量も少なく一般の通行の安全に供するには、地覆の存在で十分であるし、過去に本件橋からの転落事故が発生したことも、また同橋にガードレールが設置されず危険であるとか、これが設置の要望などもなかった。

このように本件道路及び橋には原告ら指摘のような瑕疵は無かったが、本件事故は、亡政雄が時速四〇キロメートル以上で漫然と本件橋の進行方向左側を極端に片寄って走行した過失により発生したものである。

3  同3のうち亡政雄が大正一四年一一月三日生まれの男子であることは認め、その余は争う。

第三  <証拠>

理由

一請求原因1並びに同2(一)及び(二)は、当事者間に争いがない。

二次に原告らは、本件事故が被告の本件道路及び本件橋の設置又は管理の瑕疵によって発生した旨主張するので以下この点について検討する。

ところで、国家賠償法二条一項の公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険のある状態をいい、かかる瑕疵の有無については、当該営造物の構造、用途、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して個別、具体的に判断すべきものである。そして、これを本件についてみるに、

1  右一の事実に<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠は存しない。

(一)  本件事故の現場は、国道三九六号線の乙部診療所付近から県道大ケ生・徳田線徳田橋東たもとに抜ける都南村道門前二号線上で、右乙部診療所から約一五〇メートルの地点であり、この間にカーブは存しない(別紙第一、第二図参照)。右乙部診療所付近から徳田橋東たもとに至るためには、そのまま国道三九六号線を進行した場合、途中一箇所の交差点で左折するのみで県道大ケ生・徳田線に入ることができ、途中の道路幅員も本件道路を通るより広いのに対し、本件道路を通った場合、その間の走行距離はやや短くなるものの、県道大ケ生・徳田線に入るのに三箇所で右左折をする必要がある。本件事故現場付近には、田や工場、配送センターが存するのみである。本件道路は、舗装されているが、街路灯は設置されていない。本件道路のうち、亡政雄運転の原動機付自転車(以下「本件原付」という。)の進行方向(以下、単に「進行方向」という。)左側には、道端に沿って、点々と電信柱が設置されている。

(二)  同所付近の本件道路には、全長5.68メートル、沼橋川を跨ぐ部分4.25メートルの本件橋が設置されており、その東たもとで、幅員3.8メートルの北側へ向かう通路及び幅員7.1メートルの南側へ向かう道路が交差している。右交差か所付近における本件道路の幅員は、約6.1メートルであるが、本件橋の幅員は四メートルであり、本件道路のうち、進行方向左側約二メートルに相応する部分が幅員減少となっている。本件事故当時、本件橋の東たもとには幅員減少の表示やガードレールは設置されておらず、また、本件橋には幅約0.3メートル、高さ0.15メートルの地覆が道路に平行に設置されているのみで、欄干はなかった。本件橋の通行量は、昭和六二年九月一七日正午から午後七時まで及び同月一八日午前七時から正午までの間、双方向分を合わせた合計で、歩行者六五名、自転車九八台、二輪車六八台、自動車九九四台であった。

(三)  本件事故の現場に橋があることを見いだすことは、右交差か所直前に至っても、必ずしも容易ではない(特に、乙第一号証添付写真20)が、本件道路進行方向左側に高さ二五センチメートルを越える高さをもった草むらが形成されていることを見いだすことは、それより手前でも可能であり(特に、乙第一号証添付写真18、19。その位置は、確実な地点を取るにしても、乙第一号証添付写真19の左側に写っている電信柱より、手前側ということになるところ、本件橋の東たもと進行方向左側にある親柱(以下「本件親柱」という。)から右電信柱までの距離は、16.5メートルであるから、右確認が可能となる地点は、本件橋より16.5メートル以上手前側ということになる。)、また、本件道路進行方向左端に設置されている電信柱が一列に並んでいるのではなく、本件事故の現場付近で進行方向右側に寄っていることを見いだすことは、それより更に手前において可能である(特に、乙第一号証添付写真17、18)。また、本件道路のうち、進行方向左側約二メートルの部分には、右交差か所付近においても、本件道路のその余の部分と対比し、一見して明らかな程度の汚泥の堆積がみられ(特に、甲第七号証の二)、本件事故の当時、その手前には水溜りができていた。

(四)  本件事故以前には、本件橋からの転落事故はおきておらず、本件橋にガードレールがなく危険であるという指摘や、これを設置して欲しい旨の要望が被告に寄せられたことはなかった。

(五)  亡政雄は、紫波郡紫波町東長岡の自宅から同郡矢巾町間野々の実家に赴く途中であった。本件事故当時の気象状況は、くもりで、気温摂氏4.8度(同日午後九時五〇分当時)、降雪量及び積雪量ともなく、路面は乾燥した状態であった。

(六)  本件事故後、本件原付は、沼橋川に転落した状態で発見されたが、その際、そのエンジンキー及び前照灯は入った状態、前照灯上下スイッチは下向き状態、ウインカーは左に入った状態、変速機はトップに入った状態であり、その損傷は風防破損、前荷籠左前部凹損、後輪左側擦過損、サイドスタンド及びメインスタンド擦過損であり、サイドスタンドには白っぽいコンクリート様の粉末の付着が認められた。本件道路上には、本件原付又は他車両によるスリップ痕及び擦過痕は、いずれも発見されなかった。

(七)  他方、本件親柱のうち、本件道路に面した側には、真新しい泥の払拭痕があり、黒色のゴム様のものが付着し、また、本件橋のほぼ中央に当たる進行方向左側の地覆には、真新しい擦過痕が、更に本件橋の西側に接する石垣の下部に肉片の付着が認められ、以上の各点は、進行方向の斜め左前方に向かった形で、ほぼ直線上に位置している。また、地覆に存する擦過痕の始まった地点から石垣に付着している肉片までの水平距離は東西方向に約3.25メートル、垂直距離は約0.7メートルである。

2  ところで、右1の(六)及び(七)の事実を総合した場合、本件事故は、本件道路を東方から西方に進行中の亡政雄が、本件原付の後輪を本件親柱のうち、本件道路に面した側に接触させ、バランスを崩して、本件橋のほぼ中央に当たる進行方向左側の地覆に自車を擦過させて、路外に逸脱し、本件橋の西側に接する石垣の下部に自己の身体を接触させる態様で生じたものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

また、本件事故当時の本件原付の速度についてみるに、物体が自由落下する場合の、落下高さと飛翔距離の間には、落下高さをy、重力速度をg、飛翔距離をx、飛翔開始速度をvとした場合

という関係があるところ、1の(七)に認定したところによれば、本件においては、落下高さ(y)は0.7メートル、重力加速度(g)は9.8メートル毎秒毎秒(m/秒2、定数)、飛翔距離(x)は3.25メートルということになるから、飛翔開始速度(v)は、毎秒8.59メートル(小数点三位以下切捨て)、時速30.924キロメートルということになる。また、本件原付は、落下開始前に前記認定のように本件親柱のうち、本件道路に面した側に接触して、擦過しているので、このことによって速度が減衰していることは明らかであるが、その減衰の程度を容易に証拠上認定することはできない。しかしながら、いずれにせよ、右認定の時速30.924キロメートルを越えていたことは明らかということになる。

3  そして、以上に認定したところによれば、亡政雄は実家に赴く途中であったというのであるから、本件道路及び本件橋を多数回通行したことがあったものと推認され、本件道路及び本件橋の状況を充分に認識していたものと推認されるところ、本件道路は、前記乙部診療所付近から本件現場に至るまでの間は直線であり、本件事故当時、降雨雪、積雪はともになかったのであるから、本件事故現場付近の道路照明灯、本件橋手前の幅員減少標識やガードレールがなくても、同所付近の電信柱の状況、草むらの状況及び路面の着泥状況等からして、亡政雄としては、容易に、同所付近において、幅員減少箇所に接近していることを認識でき、本件橋の中央部を通過する形の安全な進路を進行しえたはずであるのに、スリップ痕を印象しないままに本件橋の親柱に接触していること、左ウインカーを点滅させていること(他車両との接触を回避するため、右運転に及んだ可能性については、これを証する証拠がなく、むしろ、本件道路上には、本件原付又は他車両によるスリップ痕及び擦過痕がいずれも発見されなかっただけではなく、本件事故当時の本件原付の速度が時速三〇キロメートルを越えていたことからして、このような事態はなかったものと考えられる。)に照らせば、亡政雄が幅員減少箇所に接近していることを認識し、これを回避して安全な進路を進行できたにもかかわらず、本件橋の端付近を走行し、地覆にこれを接触させるという運転上の過誤があったために本件事故が発生したものと推認するのが相当である。

4 以上によれば、(一)本件道路においては、その電信柱、草むらの状況及び路面の着泥状況からして、一般に前方注視義務を尽くしていれば、本件事故の現場に橋があることについてはともかくとして、本件事故現場付近において、少なくとも二五センチを越える高さをもった草むらによって、その幅員が減少をしていることを発見することは容易であったと推認され、逆に、運転者がこれに気付きながら、そのような草むらとなっている部分を、特に本件のような二輪車の運転者が時速三〇キロメートルを越える速度で走行し、あえて本件親柱等に接触し、バランスを崩し、川に転落することがあると考えることは通常想定が困難な事態であること、(二)また、本件橋は、郊外に存し、1の(二)で認定した事実によれば、三〇秒余りに一人ないし一台しか本件橋を通行しない計算になるなどその通行量は比較的少なく、対向する人あるいは車両が同時に対向して本件橋を通行することは殆んどないと考えられる上、まれに対向することはあっても交通量の少なさに本件橋の長さを考慮すれば、一方が避譲するであろうことは充分に考えられるから、本件橋は人あるいは車両が単独で通行するのが普通であると考えて良いところ、四メートルの幅員があれば、人あるいは車両が単独で通行するには何らの支障はないのが通常であり、本件事故まで本件道路及び本件橋において、本件のような事故の発生したことがなかったことはこのことを裏付けているというべきであること、(三)更に、本件事故は亡政雄自らの過失に起因するものといわざるを得ないことに鑑みると、原告ら主張のような設備がなされていなかったことをもって、本件道路及び本件橋の設置及び管理に通常有すべき安全性を欠き、瑕疵があったものということはできないといわざるを得ない。

なお、原告らは、本件親柱の上部が欠け、内部の鉄筋がむき出しになっていることをもって、右親柱に多数の車両が接触している証拠である旨主張するが、本件のような事故がこれまで発生したことはなかったところ、<証拠>によれば、その欠如は、本件親柱のうち本件道路に面した部分のみならず、その反対側にも及んでおり、しかもその欠如の状態に、本件道路に面する部分と反対側とで高低差がほとんど生じておらず、その欠如が必ずしも車両の接触によって生じたものとは認め難いというべきであって、右主張は採用できない。

又、本件事故発生後被告によって本件橋にガードレールが設置された(この点は、被告が自認するところである)ことをもって前記認定に消長を来たすべきものでもない。

三以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないことになるので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九三条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中田忠男 裁判官加藤就一 裁判官松井英隆)

別紙第二図

別紙第一図<省略>

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